11月29日に一部紹介したTさんのご指導ですが、この際、全部載せてしまいます。
1. 「の」に「切る」力はありません。
- 「不死鳥の眠りし夜の花ざくろ」
- 「夜や」としてもらいたい。「の」では下五にかかってしまいます。
- 「春の陽のどっと差し入る雨後の窓」
- 「春の陽やどっと差し入る雨後の窓」
- 「昨日今日自問自答の青い風」
- あいまいな「の」でつなげるよりも「昨日今日自問自答す青い風」で中七を切りましょう。
- 「空蝉の意外に強き腕力」
- 「空蝉や意外に強き腕力」
- 「ふるさとを訪ねんる日の柿日和」
- 「ふるさとを訪ねんる日や柿日和」
- 「百蓮の雄しべ雌しべの御開帳」
- 「百蓮の雄しべ雌しべや御開帳」
- 「きのふは一つけふは二つの月見草」
- 「きのふは一つけふは二つや月見草」
- 「コスモスのしばらく咲くといふ気配」
- 「コスモスやしばらく咲くといふ気配」
- 「アキレス腱ちぢみっぱなしの花疲れ」
- 「アキレス腱ちぢみっぱなしや花疲れ」
2. 「切れ」のない体言止めはいけません。
- 「オリオンの三つと向き合う月下弦」
- 向き合う(ふ)は自動詞四段(口語なら五段)活用で、終止形と連体形は同形です。「オリオンの」は「三つ」を修飾し、「向き合う」は「月下弦」へとかかります。すると、この句には「切れ」がありません。五七五の間にスペースを入れる事と、さも「切れ」があるように錯覚します。「月下弦」と体言止めになっているのでいけないのです。文末に終止形になる、又は、助詞がくればよいのです。例えば、「下弦月オリオン三つを向き合え(へ)り」とすれば俳句になります。
- 「花婿にささやき続けたかすみ草」
- 「かすみ草」は体言です。「続けた」の「た」は、口語助動詞で終止・連体同形です。「花婿に」は「ささやく」の目的語ですのでここで切れません。最初から「続けた」までつながり、そっくり「かすみ草」にかかります。「かすみ草ささやき続けた花婿に」あるいは「花婿にささやき続けりかすみ草」なら成立します。
- 「朝刊のバイクにゆれる大待宵」
- 「ゆれる」口語、自動詞、下一段活用、終止・連体同形。文語なら「ゆる」で、連体形は「ゆるる」となります。終止形にすると字足らずなので、「ゆるや」とします。「朝刊のバイクにゆるる大待宵」
- 「髪染める赤いセーター着たいから」
- 「染める」は口語、他動詞、下一段活用、終止・連体同形でまぎわらしいです。文語の「染む」(下二)を使い、「髪を染む」、又は、「髪染むや」としましょう。
- 「耳たぶに木枯らし溜まる高架下」
- 「たまる」は口語、自動詞、四段活用。これを文語の「たむ」にすると他動詞、下二段活用で連体形は「たむる」「たむ」では字足らずなので、「たむや」とすればよいです。「耳たぶに木枯溜むや高架下」
- 「忙しさのふと立ち止まる春の雨」
- 「忙しさのふと立ち止むや春の雨」
- 「ゆるゆると床より出づるホワイトデー」
- 「出づ」は文語、自動詞、下二段活用、「出づる」はその連体形。「出づや」又は「出でて」とする。
- 「花に語る雀思わず花を喰ひ」
- 「語る」は雀への連体形として使われていますが、上五、中七、下五の形でスペースを入れると(「花に語る 雀思わず 花を喰ひ」修正前)、「語る」はあたかも終止形のように錯覚します。
- 「まなうらに広目天立つはしりづゆ」
- 「まなうらに広目天やはしりづゆ」でよいのでは。
- 「市役所の大窓を喰ふ秋夕焼」
- 「喰う」は他動詞、四段活用で「秋夕焼け」にかかります。「を」は捨てて「市役所の大窓喰ふや(又は、は)秋夕焼」
- 「山吹のひとへめでたき金の傘」
- 「めでたき」は形容詞「めでたし」の連体形。終止形を使って「山吹のひとへめでたし金の傘」、又は「山吹やひとへめでたき金の傘」
- 「ティッシュペーパー飛び来る在の鬼やらひ」
- 「在」の前で切りたいので、「来る」の連体形を終止形として、「ティッシュペーパー飛び来や在の鬼やらひ」
- 「あにいもとまずぐちの出るみどりの日」
- あにといもうとからぐちが出るので、上五では「切れ」ません。「あにいもとまずぐちありてみどりの日」
- 「潰すには極めて小さき薔薇の虫」
- 「小さき」は形容詞の連体形ですので「切れ」がありません。「小さし」と終止形に。
- 「受け流す答え見つけし秋の蝉」
- 「流す」は他動詞四段活用の終止・連体同形。「見つけし」の「し」は助動詞「き」の連体形。従って、上五中七下五が全部つながってしまいます。「し」を助詞「て」にかえることで救われます。「受け流す答え見つけし秋の蝉」
- 「オリオンの降りて来る来る山の湖」
- 「オリオンの降りてきますや山の湖」「きます」とちょっと口語調の敬語的にしてみました。
- 「いちまいの枯れた音きくひとりの夜」
- 「きく」他動詞、四段活用。「いちまいの枯れた音ありひとりの夜」
- 「一台の車の通る月天心」
- 「通る」自動詞、四段活用。これでは「切れ」がありません。「一台の車の音や月天心」
- 「土手鍋の味噌くずれゆくふたりきり」
- 「くずれゆく」を「くずれるや」「くずるるや」あるいは「のくずれて」「くずれゆき」は「ふたりきり」と語呂が悪くなります。
- 「発車まで春陽ためおく別所線」
- 「発車まで春陽貯(たくは)ふ別所線」
- 「春帽子まづ脱いで置く自由席」
- 「春帽子まづ脱ぎ置くは自由席」
- 「遺跡掘る穴に吹き寄る桃の花」
- 「遺跡掘る穴に桃花吹き寄せり」
- 「赤い糸異国に手操る寶鐸草」
- 「赤い糸異国に手操るや寶鐸草」中七も字余りにした方が、下五の字余りとつりあいます。
- 「そのうちにいい顔になる額の花」
- 「そのうちにいい顔になるさ額の花」中七字余りになりますが、思い切ってこんな言い方も。
- 「真髄に怒りの走る青ぶどう」
- 「真髄に怒り走るや青ぶどう」
- 「鮎はねる旅にてむかふ誕生日」
- 「鮎はねる旅先にして誕生日」
- 「忘れしが夢の気になる台風来」
- 「台風来忘れし夢の気にかかる」
- 「黒猫の跳び出して来る盆の月」
- 「黒猫の跳び出して来て盆の月」
- 「容赦なく羽打ちたる秋懲雨(あきこさめ)」
- 「容赦なく羽打ちたるや秋懲雨(あきこさめ)」
- 「焼き芋をおおらかに喰む八等身」
- 中七、字余りになりますが「焼き芋をおおらかに喰むや八等身」
- 「オリオンに届かぬ風の又三郎」
- 「オリオンに届かず風の又三郎」
- 「抱きあげて嬰にも見せる白木蓮」
- 文語「見す」は下二段活用、「見せ」「見せ」「見す」「見する」「見すれ」「見せよ」。口語「見せる」は下一段活用、「見せ」「見せ」「見せる」「見せれ」「見せろ/せよ」。「抱きあげて嬰にも見すなり白木蓮」
- 「無視さるることに慣れたるひょうたん草」
- 「無視さるることに慣れるや(慣れたり)ひょうたん草」
- 「ビー玉のとび出して来るよめな摘み」
- 「よめな摘みとび出して来るビー玉や」
- 「遠近を分けてかすめる西の山」
- 「遠近を分けてかすむや西の山」
- 「週一度便りの来たる春の宿」
- 「週一度便り来たるや春の宿」
- 「すっぽんにともだちありし梅雨の池」
- 「すっぽんにともだちのあり梅雨の池」「すっぽんにともだちありて梅雨の池」
- 「頭上より主確かむる虫の声」
- 「頭上より主確かむや虫の声」
- 「外国(くに)よりは便り久しき赤とんぼ」
- 「外国(くに)よりは便りの久し赤とんぼ」
- 「つげ櫛の髪つまみとる秋灯火」
- 「つげ櫛の髪つまみとり秋灯火」
- 「秋の朝黒子消えたる誕生日」
- 「秋の朝黒子消えたり誕生日」
- 「わくら葉に黙りてひそむ昼の風」
- 「ひそむ」は自動詞、四段活用です。「わくらばに黙(もく)しひそむや昼の風」
- 「小菊折るその間は止まる万歩計」
- 「止まる」自動詞、四段活用、口語で終止・連体同形。「止む」が他動詞、下二の文語。「小菊折るその間は止むなり万歩計」「小菊折るその間は止(や)むや万歩計」
- 「十年日記の頁の軽き十三夜」
- 「十年日記の頁の軽さ十三夜」
3. 連体形と終止形が同形の場合に意味や語呂がおかしくなければ、連用形にすることで、下の「五」の体言との間に「切れ」が発生します。
- 「石臼を飛び石とせむほたる袋」
- 「せむ」の「む」は助動詞、終止・連体形。「せ」は「す」(サ変動詞)の未然形。「石臼を飛び石とせり(又は、すや)ほたる袋」この「せり」の「り」は助動詞、連体形は「る」で終止・連体同形とは異なります。
- 「しばらくは落ちて色ある黒椿」
- この句は「しばらくは」で小休止があり、「落ちて」でも小休止がありますが、両方、「黒椿」にかかっています。「ある」は口語、自動詞、又は、文語、ラ変動詞「あり」の連体形。ということで、「しばらくは落ちて色あり黒椿」あるいは、「落ちて尚しばし色あり黒椿」
- 「白猫と秋風ひそむ夜の樹下」
- 「ひそむ」は自動詞四段活用。「白猫」と「秋風」が「ひそむ」にかかり、「ひそむ」がそのまま「夜」にかかるので、「切れ」がありません。連用形「ひそみ」を使います。「白猫と秋風ひそみ夜の樹下」
- 「白猫と秋風の吹く夜の車庫」
- 意味上から、白猫と秋風が吹くことはありませんので、前句と異なり、「白猫と」で切れます。
- 「木蓮の白さ広ごる昼下がり」
- 「木蓮の白さ広ごりて昼下がり」
- 「山霞む次第に近きふるさとよ」
- 「山霞み次第に近きふるさとよ」
- 「かき筏寄せる連絡船航路」
- 「かき筏寄せて連絡船航路」
- 「鹿の尾の白き寄り合ふ弁財天」
- 「鹿の尾の白が寄りて弁財天」
- 「肩小さき石仏ぬらす春清水」
- 「肩小さき石仏のぬれ春清水」
- 「亡父(ちち)恋ふる八十八夜の畑ン中」
- 「亡父(ちち)恋ひし八十八夜の畑ン中」
- 「濃緑も淡きも繁る夏の山」
- 「濃緑も淡きも繁り夏の山」
- 「どの谷も雪細りゆく夏白馬」
- 「どの谷も雪細りゆき夏白馬」「どの谷も雪の細りて夏白馬」
- 「一本の杉動き出す霧の海」
- 「出す」他動詞、四段活用です。「出す」を「出し」と連用形にすれば、中止法で「切れ」が発生します。「一本の杉動き出し霧の海」
- 「炉の灰をならしてまとふ山の冷え」
- 「まとふ」四段活用、終止・連体同形。「炉の灰をならしてまとへり山の冷え」
- 「闇濃くばゆかしく揺れぬ大待宵」
- 「闇濃くばゆかしく揺れぬ大待宵」口語「揺れる」は自動詞、下一段活用「揺れ」「揺れ」「揺れる」「揺れる」「揺れれ」「揺れろ/揺れよ」文語「揺る」は自動詞、下二段活用「揺れ」「揺れ」「揺る」「揺るる」「揺るれ」「揺れよ」この俳句で利用した「揺れぬ」の「ぬ」は強めとしての助動詞で連用形に接続します(連体形は「ぬる」)否定の意味の「ず」の連体形も「ぬ」ですので、二つの「ぬ」をしっかり区別して理解いたしましょう。
4. 助詞を変えて、「切れ」を作ります。
- 「春の夜に指先で読む句碑の文字」
- 「春の夜や指先で読む句碑の文字」
- 「緑陰に日本語で笑ふ異邦人」
- 「緑陰や日本語で笑ふ異邦人」
- 「姉に会ひ弟に会ひし花野原」
- 「姉に会ひ弟にも会ひ花野原」
- 「また塗ってまた息かける虫さされ」
- 「また塗ってまた息かけて虫さされ」
- 「叔母老ふる長距離電話原爆忌」
- 「叔母老ひて長距離電話原爆忌」
- 「風止る鳥に咬まれし蝉啼かず」
- 「風止むや鳥に咬まれし蝉啼かず」
- 「満月の鬼逆立つ外国に」
- 「満月の鬼や逆立つ外(と)つの国」
- 「イヤリング輝く主婦の忘年会」
- 「イヤリング輝く主婦や忘年会」「イヤリング輝き主婦の忘年会」
5. 入れ替えて、スムーズに。
- 「あをさ光る汐寄せて返す時」
- 「汐寄せて返せばあをさ光るなり」
- 「古なべに長き米炒る春の宵」
- 「春の宵長き米炒る古なべや」
- 「朝顔のフェンスに登る工事中」
- 「工事中フェンスに登る朝顔や」
6.よい例
- 「もちつきによばれてゐたり古き人」
- このように中の「七」で「ゐたり」とはっきり「切る」パターンはよいです。たとえば「ゐたり」を「ゐたる」とすると「切れ」はなくなってしまいます。
- 「腰痛と土となつかし犬ふぐり」
- 「なつかし」は形容詞の終止形ですから、「犬ふぐり」の上で「切れ」が生じます。
- 「煮え切らぬ一日を過ぐ梅雨じめり」
- 「梅雨じめり」は体言。「過ぐ」は自動詞上二で「過ぐる」が連体形です。「過ぐ」の後に「切れ」が生じます。
- 「夏まつり追い風にのるひめみこし」
- 「夏まつり」上五で「切れ」が入ってます。
- 「追風の押すひめみこし汗の髪」
- 中七で「切れ」が入ってます。
- 「水蓮の紅白残し秋の池」
- 連用形「残し」。終止・体言同形の「残す」だったら、「切れ」がなくなるところ。
- 「口開きタレントとなる夏の鯉」
- 「口開き」が「タレント」に続くようにも思いましたが、「開き」の小休止(連用形)はしっかり生かされると思いました。「口開き」の次に何が来るかは必然性はありません。
南の猫
ちなみに、これは俳句ではありません。季語がありません。俳句の形を借りた、たんなる独り言。ブログペットの戯れ言を俳句と呼ぶのは、私も少々抵抗がありましたが、Tさんが知ったらきっとひっくり返ってしまう気がします。楽しんで言葉で遊ぶのに水を刺すつもりはありませんが、何事も極めるにはある程度の技の習得が必要というところでしょうか。
「季語」が命の俳句だと思ってましたが、ここに来て初めて(^^;)「切れ」を教えていただきました。そこでうろおぼえの昔の俳句を思い出してみると、
季語は当然明確。そして、見事に「切れ」てます。「切れ」で、心地よい間が入り、十七字(プラスアルファ)から懐かしい日本の情景が無限に広がっていきます。芭蕉の句でいつも思い出すのは、近所の神社。ぼけた朱色の鳥居をくぐり、さほど大きくない境内には、むきだしの土と不規則な形の丸い飛び石。たどっていくと左手においなりさんの小さなお堂。右手には、大きな樹と、鉄棒と、プランコと、滑り台。支柱は木材でした(たしか、もうなくなっていたと思います)。そして、正面の賽銭箱と紅白の太いひもをふってならした大きな鈴。蝉の声、境内の下にいた蟻地獄、裏の林の蚊の群れ。夏休みのラジオ体操……池の波紋のように、ゆっくりと波打ちながら広がり続ける心象風景。う〜む、やはり本物は深いです。