南の猫の新西蘭雑記

日本も結構好きなのですが、根っこがこっちに深いです。

 街の風景

 朝、暗いうちに起きて、まだ露で湿っている芝生の庭を長靴で横切り洗濯物を干してから、車で会社へと出発します。西地区に住んでいますので、朝も夕刻もお陽さまに向かって運転することになります。先日は久々に雲のない東の空から、息をのむような美しい日の出をたっぷり鑑賞しながらの出社となりました。薄墨色の空の一端が薄紅の染まり、一筋だけたなびく薄い雲だけ赤金色に輝いていました。薄紅が少しずつ強くなり、緑の丘のてっぺんが橙色に光ったかと思うと、ぬっとお陽さまの頭のてっぺんがのぞきました。神々しいという言葉がまさにぴったりで、お陽さまを神様とあがめるのも当然という気になってしまいます。まぶしいので高速道路は日の出渋滞です。ゆるやかにカーブする道路のおかげで、いつも真正面から照らされることはありませんので、前の車に追突しないように注意しながら、徐々に明るくなる日の出の空を横目に焼き付けました。

 アジア人のかわいいカップルを二組みかけました。朝、主人の事務所の駐車場に車を留めますと、建物の裏にすわりこんでいる二人。なんだかあぶないことでもされると困るので「ここは私有地だけど、何をしているの?」と事務的に話しかけました。なんだよう、みたいな目つきをされて、ふてくされた態度で何かいわれるかと思いきや、男の子のほうは「そりー」とさくっと立ち上がりました。女の子の方はぴょんとはねるように立ち上がると、「そー、そりー」と両手を前にそろえてかわいいお辞儀をしてくれました。そして二人で足取り軽く立ち去っていきました。なんだか映画の一場面にでくわしたような、すがすがしい光景でした。でも、何をしていたんだろ?

 信号待ちの交差点で、おそろいのちょっと渋い若葉色のリュックサックを背負ったカップル。なんだか手作りのリュックサックのようです。上着も同系等の無地の薄緑色。ショーツはちょっと濃いめのカーキ色で、これもおそろい。今時珍しくなんのカラーも入っていないちょっと眺めの髪を無造作に後ろで束ね、化粧もしていない、平坦な全く典型的なアジア人顔の女の子。男の子のほうも、床屋さんカット的なショートの髪で頭の後ろの絶壁状態が一目でわかります。二人のくちもとからのぞくでっぱは、映画のおっちょこちょい三枚目役の定番中の定番。定番でなかったのは、二人が静かに、いかにも楽しそうに話しながら、手をつないで歩いていった様子。あ〜、こういう人たち、大好きです。

 勤めている会社は隣がホテルで、時々洗面所を使わせてもらいます。入り口のガラスドアは正面を向いて右側にあります。この角の自動ドアセンサーがちょっと微妙で、背の低い私は、たいてい一歩前、二歩さがって、今度は右一歩、と、すこしダンスをしないとドアが通してくれません。先日、白髪をばっさりとおかっぱにして、きっちりアイロンのかかった白いブラウスに花模様のフレアースカートを着込めしたおばあさんがドアの前で途方にくれた様子で立っていました。「ああ、このドアはちょっと癖があるんですよね」と、いいながらいつものステップを踏んで、ドアを開けます。「あら、ありがとう」と、続くおばあさん。用をたしたあとの手洗いが、また、難所でした。蛇口もセンサー付きで、手を触れなくても水がでます。ただ、センサーが、蛇が鎌首をもちあげたようなモダンなデザインの根元にあるので、蛇口のかなり下の方で、手をひらひらと動かさなければなりません。しげしげと蛇口を眺めるおばあさん。
「まわすところがないわね〜」
「あ、自動センサーですので、触れなくても手をさしだせば水がでますよ」
「あ、センサーなの」
 おばあさんは一生懸命蛇口の上をたたきだします。そこじゃ、ないんですよの、おばあさま。
「いえ、ほら、この下から……」
 実演して見せたのですが、たたくのに夢中でこちらを見てくれないおばあさん。
「でないわね〜。ちかごろのものっていうのは、まったく使い勝手がむずかしいんだから……」
 右手でたたきながら、左手は水が出たときのためか、蛇口の下に待機させていましたので、どうにかセンサーが左手を察知してくれました。めでたくしゅわしゅわとほどよくあぶくの入った優しい水が流れ出します。ようやく手を洗いおえます。このトイレは、街中では珍しく、空気乾燥機ではなくて紙タオルで手をふけるところです。「あ、これはわかるわ」と、手をふくおばあさん。お友達を訪ねて上京ならぬ上オークランドしたのですが、これからバスにのって一時間ほどの自分の家に帰るところだったそうです。バスは慣れているから大丈夫だろうけど、バスカードとか使わずに、今でも小銭を運転手さんに渡しているのではないでしょうか。あ〜、こういうおばあさん、大好きです。

 帰り道は、まだまだ明るいので、もくもくとした真綿色の入道雲をカモメが水平飛行で横切ったり、銀色に光る海にどっぶりつかったマングローブの塊からシギが飛び立ったりするのを、横目で眺めながらの帰路となります。運の良い日には、上空を鷹が旋回しているさまをちらりと眼にとめることもできます。

 なにやかやと平和なニュージーランドです。